ラベル の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2024年7月12日金曜日

ペトラルカ、ソネット147

7月12日(金)

 定時に研究室に到着。

 業務と論文の修正作業のつづき。

 2時限が始まる前に系ゼミの教室にお邪魔して講師の先生にご挨拶。先週も教室に伺ったが、すでに授業を始められていたので自己紹介ができなかった。みなさんきっちりされている。ついでに生協まで散歩。

 研究室に戻って3時限の支度など。

 昼食後、業務関連のメールを送信。よくやった。

 3時限のペトラルカは、ソネットの147を読む。その第一連: 


  Quando ’l voler che con duo sproni ardenti,

et con un duro freno, mi mena et regge

trapassa ad or ad or l’usata legge

per far in parte i miei spirti contenti,


1~2行目は「二つの燃える拍車と一つのきついはみで、私を駆り立ても抑えもする意思が」という意、「私」ではなく"il voler"「意思」「きもち」を主語にしているところが面白い。「拍車」sproniと「はみ」frenoという表現が示すとおり、ペトラルカにおなじみの相矛盾する心もちが歌われている。そしてこの作品でも、rima equivoca(同音異義の脚韻)が内面の混乱を浮き彫りにしている(2行目末と6行目末に、それぞれ名詞と動詞のlegge。さらにleggeとreggeの重ねあわせも目につくところ)。この第一連はquandoとともに始まる副詞節、これに対する主節は第二連に展開している。

 業務と研究を少しして19時過ぎに退室。

 帰宅後、お中元のお礼など。


2024年7月5日金曜日

ペトラルカ『カンツォニエーレ』、ソネット 144

7月5日(金)

 定時に研究室に到着。今日も暑い。

 リクエストのあった書籍を学生研究室にお届けしてから、メール返信の業務。それから図書館を少しだけ使わせてもらう。

 1時間ちょっとで研究室に戻り、3時限の支度。授業は、滞りなく終了。一か所、音節分けで面白い一行があった。ソネット144の11行目:

da indi in qua m'incominciò apparere (G. Savoca版のテクストから引用)

冒頭のdaとindiのを分けて、da / in/di in / quaとすれば、quaが4番目、m'incominciòの末尾の母音が8番目の音節に対応するので、滑らかな11音節詩行のリズムになる。

 ちなみにapparereとなっているのは、冒頭のaを前置詞とみなしてa parereと読ませる校訂者の意図。版によっては、これで一つの不定詞と解釈して"apparere"とする表記もある。あと、この詩行は "in" の音の繰り返しが印象的。indi, in, m'in-, -min-。

 同じ144の最終行の末尾のdel rivedereについて、参加者のお一人から質問が寄せられる。

et è sì vaga anchor del rivedere

このdel (di+il)のilは定冠詞で、不定詞のrivedereを名詞化している。では、なぜ名詞化しているのか。例えば "di rivedere" と定冠詞を入れなくても、韻律上また文法上も、問題はない。その場では、音に配慮がなされている可能性を原文に基づいて指摘したが、それに加えて、文法上も説明の余地があることに思い至ったので調べてみよう。

 19時前に退室。

2024年6月22日土曜日

伊文専修授業、接尾辞脚韻(rima suffissale)

6月21日(金)

 定時に研究室到着。今日も午前の集中できる時間に作業を進める。

 一段落ついたところで仕事にかかわる雑用(領収書の発行依頼、書類の作成、作成した書類の提出など)。昼食前に3時限の支度をほぼ終える。

 昼食後、授業。先週指摘したsonetto 141のveracementeとsoavementeの接尾辞脚韻について、作品内でどのような役割を果たしていると想定されるか参加者の皆さんにお尋ねする。意見がでないようなので、こちらで考えてきた可能性を紹介したところ、お一人から「なるほどと思う」という感想を頂く。

 なお、授業を終える際に「今日はちゃんと時間通りに終えました」と一言つけたして笑われる(前回はなぜか15分早く終了していた…)。

 今年度前期のこの演習、それにTassoと歴史講読の授業には、他専修の3回生の学生さんが一人ずつ参加している。皆さんよく頑張っているので、ちょっとうれしい。

 授業終了後、論文の書き直しを少し進める。所用のため夕方早めに退室。

 帰宅して用事を済ませた後、鉄の意志で近所の図書館に行き1時間ほど論文の手直しのつづき。

2024年6月14日金曜日

接尾辞脚韻(rima suffissale)と接尾語 "-mente"

6月14日(金)

 定時に百万遍に到着。今日も暑い。ふぅ。集中できる午前中に図書館で作業。発表済みの論文の和訳を進め、文献を講読する。

 2時限が始まる前に系ゼミの教室にお邪魔して、担当の若手の先生にご挨拶。

 それから授業の支度をする。その途中で、書類が未提出とのメールが届く。締め切りは今日だと思っていたが、昨日だった。うかつ。用意はしていたのですぐに送信してお詫びする。

 3時限の授業では、接尾辞脚韻(rima suffissale, 英語ではsuffixal rhyme?)を確認する。これは、名前のとおり接尾辞による押韻で、よく見かけるのが動詞の活用形によるもの(例えば、amasseとcantasse)。

 今日出てきたのは、副詞を作る語尾(-mente)が行末に置かれたケースで、該当箇所はソネット141の10、12行目のveracementeとsoavemente。このような接尾辞による脚韻は簡単に作ることができるため、ペトラルカの詩集では逆に珍しい。Canzoniereでは、-menteによる押韻はこの一か所だけだったはず。どうしてこのソネットでこのような押韻が使われているのか。作品の主題(火に飛び込む蛾のように、ラウラの瞳に吸い寄せられる詩人)に関係しているはずだが、調べた範囲では確認できなかった。継続課題。

 副詞を作る接尾語 "-mente" は、ラテン語のmens (伊語のmente)の奪格形に由来している(「~な精神で」「~なお心もちで」という感じだろうか。soavementeなら「甘美なお心で」→「甘美に」)。-menteという接尾語は、したがって、当初は人間の性質を示す形容詞にのみ使われていた。それが拡大して、形容詞全般に適応されるようになった。このような経緯だったと記憶している。

2024年6月7日金曜日

イタリア語学イタリア文学専修授業、ペトラルカ、同音意義脚韻(rima equivoca)

イタリア語学イタリア文学専修授業、ペトラルカ

6月7日(金)

 定時に研究室到着。

 出町柳から百万遍まで歩いただけで汗がでる。肌着を着替えて業務開始。メールの下書き、今日が期日の校正(専修案内)の送信、業務に関して事務に確認の電話2本。

 一区切りついたところで、和文論文を手直しする作業(苦戦)、3時限の支度など。

 昼食前に、メールの送信。赤を入れた原稿が最新版ではなかったという連絡が事務からあったため、専修案内を再度校正してお送りする。

 昼食後の授業は、sonettoの138について時間をかけて検討する。形式面では、1、2連目の脚韻 -iraと-riaと、前者の1行目と5行目( "d'ira"「怒りの」 と "dira"「残酷な」)の、同音意義の脚韻(rima equivoca)について。内容にかんしては、最終連のConstantin(コンスタンティヌスの寄進状の皇帝コンスタンティヌス)の名前を含んだ一文の解釈について。 

 授業終了後、和訳の確認(みなさんよくできている)をして早めに退室。

 桃谷の眼科で定期健診。

 

 

 

2024年5月24日金曜日

記憶の補助としての語頭音反復(alliterazione, alliteration)の技法

5月24日(金)

 定時に研究室に到着。来客があるので、急いで部屋を掃除、机の上を整頓。

 懸案の書類、ほぼ完成。メールで送信。

 11時半に約束通り、S先生と学生さんが来訪。みなさん、積極的でよい。

  メモ:

 Canzoniere の sonetto 303 では、ペトラルカが(今は亡き)ラウラに想いを巡らせた川辺のシンボルが、列挙されている(5行目):

fior, frondi, erbe, ombre, antri, onde, aure soavi

「花々、枝葉、草、木陰、洞、水面、あまいそよ風」

並べられた名詞の最初の二つは "f" で始まっている。このように単語の冒頭で同じ音を繰り返すのが「頭韻法」(alliterazione, alliteration)と呼ばれる技法。ここではさらに、ombreとonde、antriとaureがそれぞれ頭韻をなしている。

 303の5行目では、この技法が記憶をサポートすることを一つの目的にしていると考えられる。冒頭の f-f が注意喚起の第一歩となって、o-o, a-aと言葉が導き出されていく。もう一つ、erbeとombreの語尾の類似も目を(耳を)引くところ。

 この詩行では、fior / fron / di er / be om / bre an /tri on / de au /re / so/a/viの11音節の抑揚が、第4音節(ombre)、第7音節(たぶん6番目も)にアクセントを落としてから、間を置いてso-a-viと展開しているのも特徴的。この間合いによって、末尾の形容詞(「甘美な」)が引き立てられている。

 ……書き始めると、話題が次から次へとやめられないとまらない(本当は1行単独ではなく、ソネット全体、特に前後の行との関係も考慮する必要あり)。

2024年5月18日土曜日

授業(Canzone 135のcongedo)

5月17日(金)

 今朝は、出町柳から百万遍へ向かう道すがら、ロードバイクでさっそうと駆けていく若手研究者に声を掛けられる。こちらもさっそうと(精いっぱいの早歩きで)大学へ向かい、いつもの時刻に研究室に到着。

 ウォーミングアップをしてデータの確認。それから、くだんの若手研究者が授業を行う教室に様子を見にうかがう。準備万端とのこと。そのまま図書館に赴き、データの確認と文献講読。昼過ぎに退館。

 昼食後、3時限の教室へ。Canzone 135の最終行の "che per sé fugge tutte altre persone" の主語を「彼」ととって意味を説明したが、その前の行に出てくる l'imagine d'una 「一人の女性の像」(=ラウラの像)が主語の可能性に思い至る。次週、この行について確認すること。この箇所以外は、だいたい問題なかったと思う。

 授業終了後、キャンパス内を散歩してから研究室に戻り、残りの仕事をして早めに退室。まだ咳がでる。


 

2024年5月10日金曜日

ペトラルカのCanzone 135

5月10日(金)
 
 定時に研究室に到着。データの補完作業。

 隣の共同研究室で、若手研究者が本日2時限の系ゼミナールの準備をしている。昨日会った際に風邪を引いたとうかがっていたが、話しのとおりに激しく咳込んでいる様子だったので、授業前の教室に立ち寄って、のど飴を差し入れする。ファイト!

 そのまま図書館に行って3時限の授業の支度。すでに準備をしているのでそれほど大変ではない。途中、学生からのメールに返信。こちらはちょっと大変。

 昼過ぎに研究室に戻る。食事中、くだんの学生さんが来訪。容体をたずねつつ書類にサイン。

 3時限の授業は無事に終了。CanzoneのCXXXVの第3連で、soleを行末に反復した同音意義の脚韻(rima equivoca)について注意を喚起する。こんな感じ(テクストはSavoca版、以下の引用では行頭の大文字表記を小文字に修正)。

una fontana, e tien nome dal sole,  47
che per natura sole  48
ch'e' 'l mio sol s'allontana, et triste et sole  55
e i rai veggi apparir del vivo sole,  58

47行目のsoleは名詞(「太陽」)、48行目は動詞(solere「~するのが常である」の直説法現在3人称単数形suoleに相当)、55行目は形容詞の女性複数形(「孤独だ」「一人ぼっち」)、58行目は再び名詞(「太陽」ただしここでは「生きている太陽」で恋人ラウラを指す)。

 この一節のテーマは、昼は冷たく、晩に熱を放つ、アフリカに存在するとされた不思議な泉。この泉の性質が、恋人の瞳が見えなくなると燃え上がり、現れると凍りつく詩人の姿と重ねあわされている。同音意義の一連のsoleは、この錯綜した状態を表現するのに寄与している、と考えられる。

2024年4月26日金曜日

Canzone 135、授業

4月26日(金)
 定時に研究室到着。息が切れる。六階まで階段を二段上がりするのはやめて、おとなしくエレベーターを使わせていただく。
 
 メールの返信(院生さんと同僚)をしてから附属図書館に移動して作業。12時前に一区切りして3時限の和訳の課題を作る。
 
 昼食後、教室へ。咳はでるが、声はでない状態がまだ続いている。集中力も十分でない。原文の読みで一つ説明すべきこと(almaとcorの問題)を忘れて通り過ぎてしまう。次回の授業でフォローすること。授業終了後は図書館に行って作業のつづき。18時撤収。

 今日読んだCanzoneの135の第3連には、エチオピアに生息すると伝わるカトブレパスが登場する。プリニウスの『博物誌』の第八巻の記述によると、この生き物は「大きさはそこそこで」というかなり適当な体躯の紹介になっているが、大事なのは「その眼を見た人はたちどころに死ぬ」という特性。ここからラウラの瞳につながる。

 プリニウスについては授業のなかで関連作品を二つ紹介したことがある。一つは澁澤龍彦の『私のプリニウス』、もう一つはヤマザキマリ/とり・みき『プリニウス』(全12巻)。前者は、書斎に腰を据えた文人の姿を、後者は世界を巡るアクティブな探求家としての活動を描いている。どちらもプリニウスの特徴をうまくとらえていると思う。漫画の『プリニウス』は、ネロ帝治世下のローマの生々しい日常と、架空のものまで含めた動物・植物・鉱物の優しい世界がテーマになっている。こんな素敵なカットもある。

『プリニウス』I, p. 78








 

2024年4月22日月曜日

休講、「現代の詩人の名句」

4月22日(月)

 起床して熱を測ったら37度台半ば。咳がひどいうえに頭痛も続いてるので、休講の連絡を入れて、一日床に臥す。養生に努める。

 昨日4月21日の日本経済新聞文化欄に掲載された高橋順子「現代の詩人の名句」がおもしろかった(「現代詩人」ではなく「現代の詩人」というタイトルも気品があり絶妙。5・7音が内容にぴたり)。そこで紹介された俳句を詠む詩人のなかに、懐かしいお名前がちらほら。その一人那珂太郎の詩は、自分は一つしか読んでいないが、それだけでお名前を記憶している。いつか紹介したい。

2024年4月19日金曜日

Canzoniereのsonetto134、他大学からの図書

4月20日(金)

 京阪特急でお客様対応が発生したために、5分ほど遅れて研究室に到着。

 3時限の授業で使用するコピー(今日は使わずじまい)を隣の共同研究室で用意してから、文献講読と註の作成。一区切りついたところで、再び授業の支度。

 昼食後、ただちに教室へ。134のソネットから135のカンツォーネの第一連まで読み進める。134は、前半2連の脚韻がABABABABというRerum vulgarium fragmentaのなかでは珍しいアルカイックなパターン。さらに11行目と14行目の脚韻がaltruiとvoiで、完全には一致しない組み合わせ。このvoiはシチリア風にvuiと発音するところ(トスカーナ語のoがシチリア方言ではuになる。"amore" は "amuri" になる)。このようにvoiをvuiと読ませることを一つの目的として、ABABABABという、シチリア派によくみられる古いソネットの脚韻を使った可能性を指摘する。この脚韻でシチリアを意識させて、末尾のvoiをvuiに読み返させているという理屈。しかし、ペトラルカなので、もっと本質的な理由があってこの形式を選択していた可能性が高い。

 授業終了後、昨日他大学の図書館に貸出し(郵送)を依頼した図書が届いている(!)との連絡を頂く。ありがたい。早速附属図書館に赴き書籍を受けとりコピーをとる。

 17時前に退室。帰りの車内で、コピーを読み始める。

2024年3月12日火曜日

3月12日(火)雨、一つ発見

 定時研究室。

 天気が悪いので自室でアリオストの『狂えるオルランド』Orlando furiosoの研究。

 ストックしていた資料から一つ面白い特徴を見出す。タッソにもボイアルドにもほとんどみられないイレギュラーなセリフの配置。両者の英雄詩ではこのパターンはそれぞれ一例しか確認できないが、アリオストの作品では8例に及んでいる。『狂えるオルランド』について、いままでにない観点から学術的貢献ができる可能性。

 その後、勉強を少ししてから早めに昼食。

 午後、学生さんにメールを一通送信。雨が止んだようなので集中して研究をするべく図書館に移動。一つ作業を進める。

 研究室に戻ってもうひと踏ん張りするつもりだったが、集中力がつづかない。体調もいま一つなので17時半過ぎに退室。天気のせいか、眠気に悩まされた一日だった。 

2024年2月3日土曜日

2月2日(金)書籍、吉田神社節分祭

 定時研究室。

 メールの返信をしてから、学生の論文・レポートをプリントアウトして図書館へ。

 11時過ぎまで自分の研究、および学生の研究の進捗状況の確認。メールボックスを確認してから研究室に帰還。

 昼食後、イタリアから郵送された書籍を図書受入掛に届ける準備、ならびに業務。図書館に移動して業務をつづけようとしたものの、ノートパソコンを研究室に忘れていたため断念。借りていた本(ブロツキー2冊)を返却して、そそくさと部屋に戻る。ちょっと体調が悪いのに気づく。

 業務のつづきをしてから、受入掛に書籍を届け、そのまま吉田神社の節分祭りを見に行く。鳥居の脇に毎年店を出していたイワシやさんの姿が見えなかったので、スグキと日本酒のみ購入(漬物屋のあばあちゃんと話をして今年で88歳という話をうかがう)。

 神社に来たらいつもするように賽銭箱の前で祈念。前にいた男性お二人が、長いこと手を合わせていた。私もちょっと時間を頂き、願い事のストックをすべて持ち出して拝む(なすべきことを確認する儀式)。

 研究室に戻り、部屋を片付けて17時に退室。頭が痛いので無理をせず。

 今日図書館で見かけた一冊。音楽療法は古代ギリシア(オルフェウスの竪琴)にすでに先例が見られるとのこと。今日では、音楽を聴く療法、演奏による治療法など様々な形態があるようだ。対象も精神疾患から認知症、小児から老人まで幅広い。






2024年1月20日土曜日

1月19日(金)sonetto131

 定時研究室。2時限の支度、シラバス(非常勤の授業)の作成。

 授業はCanzone129を読み終えてSonetto130から131に。この最後の作品が、冒頭の"Io canterei d'amor si novamente"という条件法活用で構成されていること、条件法つまり仮定文の帰結節のみで全体が成立していること、そのため不完全な印象を与えていること、そこであるソネットに対する返歌の可能性が研究者によって指摘されていること、ただしそのソネットの信ぴょう性に疑義を呈する研究者もいること、などをまとめて説明する。

 授業終了後、少し面談。研究室に戻って、もう一件面談。

 昼食後、仕事メール、代理の業務(これが大変)、シラバスの作成など。ふぅ。

 19時過ぎに退室。

2023年11月17日金曜日

11月17日(金)Canzone127

 定時研究室。

 昨夜頂いたメールに返事を書き送り、2時限の支度と草稿の註の確認作業をしてから教室へ。授業は、参加者が減ってやや寂しいが、ペトラルカの傑作を読んでいるので授業の密度は濃い(はず)。今日でCanzoneの127を読了。第6連のキーワードとしてoro(金、金髪)を指摘。類似音の名詞ora(「時間」ではない)もこの連に出てくる。

 授業終了後、和訳の確認。体調を崩している院生さんに、見舞いをかねた授業情報の連絡など。

 遅い昼食後、草稿の註の確認のつづき。ようやく一通り目を通すことができた。

 18時過ぎに退室。


水滴をつけたヒマラヤスギの葉。朝日がさすとさらによいのだが。



2023年11月10日金曜日

11月10日(金)雨、カンツォーネ128

 定時研究室。

 2時限の準備を終えてから、いつものようにあまりの時間で草稿の確認。

 午前の授業はつつがなく終了。Canzoneの128、今日も脚韻に留意しながら精読する。一か所、授業で使用しているテクストと普及版のそれとの間に相違があり、どちらをとるかで文法的な理解が大きく変わる箇所を吟味する(文脈上の意味合いはそれほど差がない)。難解な一節だったが、文法と意味の両レベルで詩行を解明することができたと思う。ふぅ。

 授業終了後、和訳の課題をチェックして昼食。

 午後は、草稿の確認と参考文献リストの作成。まだ誤記が見つかるので恐ろしい。文献の整備はそろそろ打ち止めにしないといけない。無限に時間を取られてしまう。

 途中、段ボールを廃棄するついでに雨のキャンパスを散歩。異常気象のせいで紅葉が始まらないという記事を読んだが、確かに銀杏の葉も、中途半端な色合いのような。

 今日も要領が悪かったせいで20時に退室。


キャンパス内の銀杏