2026年10月22日木曜日

学会発表の予行演習、会議

 定時に研究室に到着。

 勉強をしてから院生さんの論文発表のレジュメに再度目を通す。教室に移動してZOOMの準備を始めたところ、モバイルノートパソコンからのアクセスだったためログインに手間取る。これ以外は問題なし。

 昼食後、文学史の勉強をしてからZOOM会議にアクセス。13時半から17時半ごろまで。

 終了後、明日のペトラルカの授業の準備を進める。

 19時前に退室。

 10月18日にミラノで発生した暴動に関する記事:Le rivolte di Milano sono una novità per l’Italia - Annalisa Camilli - Internazionale。組織化されていない(責任者がいない)マニフェスト、一部偶発的な状況を含む暴動だったようだ。このレポートに出ている情報ではないが、ウクライナ支援の出費に起因するイタリア(ヨーロッパ諸国)の財政難が、支援を必要とする人々へのセーフティネットを蝕んでいるという話がある。

2026年10月21日水曜日

授業(歴史講読)

 定時に研究室に到着。蒸し暑い。

 いつもの勉強をしてから、文学史の整理。

 次いで説明文の推敲に取り組む。見直しして気づいた箇所に手を入れ、ファイルをお返しする。

 午前の残りの時間で研究(草稿のつづき)。

 昼食後、4時限の支度。和訳の課題を作成してプリントアウト。テキストを読み返して専門用語の意味を確認する。授業は無事に終了。今日読んだページでは、13世紀の陸上輸送の二つの革新、橋の構築と峠の開通が目を引いた。フランドルと北イタリアを結ぶゴッタルド峠に言及されている。

 和訳の課題を採点してから一服。研究を一歩前進させ、19時ごろに退室。

 晩、イタリアに書籍を発注。

2026年10月20日火曜日

火曜日

 定時に研究室に到着。

 いつもの勉強をしてから、来週の授業の準備と研究。

 昼食後、雑用。チェック依頼のあった説明文の修正に取り組む。外に出るものなので最善を尽くす。

 部屋を整理して18時過ぎに退室。

 以前に読んだ記事:"Quando e perché i giapponesi si inchinano"。おじきだけでなく、車の運転手のアイコンタクトから営業スマイルまで、仕草による各種コミュニケーションが紹介されている。満員の電車内で道を開けてもらうためのジェスチャーは、大阪では見かけない。何も言わずに押しのけていく人が多い。自分は「すんませ~ん」とほがらかに声をかけるようにしているが。

2026年10月19日月曜日

授業二コマ

 いつもに比べやや早く研究室に到着。

 2・3時限の支度。授業準備室で講義の資料をコピーし、研究室でタッソの対話篇Manso overo de l'amiciziaの分かりにくい箇所を読み直す。

 そのタッソの授業では、amoreとamiciziaをリンクさせ、愛の三つの主要な対象(善、快楽、有用性)から友情の三種類を誘導する箇所を読解する。ベースになっているのはアリストテレスの『ニコマコス倫理学』の記述。授業の終わりにその該当箇所のコピーをお配りする。

 昼食後、スライドを確認してから教室へ。今日の講義では、前回につづいてマンゾーニの『いいなづけ』をご紹介。レンツォとルチーアとその母の3人が故郷を離れる場面でルチーア一人に叙述が集中してること、インノミナートの回心がいくつかの段階を経て細やかに描き出されていることなど。ついでにドン・アッボンディオが二人のならず者(bravi)に絡まれる冒頭のシーンをyoutubeでご覧いただく。ちょっと時間をとり過ぎたかもしれない。

 授業終了後、同僚の先生からの依頼をうけて、教育に関する文案の確認と修正に取りかかる。

 夕方、早めに退室。帰宅後、家事。

2026年10月18日日曜日

休日?

 朝食、掃除機がけの後、生きものさまのお住いのケアー。

 自分の雑用を済ませたのち、近所の図書館へ。1時間ちょっと机に向かう。
 
 郵便局で高校の同窓会費を振り込んでから帰宅。昼食に、ざるそばをいただく。

 仕事が溜まっているので、親戚宅にうかがい書斎をお借りする。週明けの授業の準備と研究。

 上本町に寄って明石焼き屋さんを訪問。帰りしな、日曜日の夕方に何度かうかがったものの売り切れ閉店でした、ついに行列のできる店になりましたなと冗談半分に言ったところ、ご主人、うれしそうな顔をされていた。ドラッグストアで買い物をして帰宅。

 Rushの"Limelight"の動画を久しぶりに見る。メンバーのお三方みな格好いいが、特にドラムのニール・パートがストイックな哲人の趣。このビデオに挿まれたライブの舞台に、デヴッド・リンチの『イレイザーヘッド』(!)のポスターが掲げられている。どんなコンセプトだったのだろう。